https://www.rnd.de/promis/a-ha-sanger-morten-harket-unsere-band-halt-schon-langer-als-viele-ehen-ARJ4Q5MOH5BGVFINNGAMLUSBNA.html?fbclid=IwAR1DrHjl0VkeL0lFoG_gTJIC1IAxE9nR4yCM-XW1Ya6T8XgtWa2mwlNQfOE

ドイツでの『Hjemkomst』(ドイツ語:Heimkehr)発売にあたって、モートンがドイツのメディアのインタビューに答えたということで、最近のモートンのインタビューが読めます。ドイツ語がわからないので、グーグル翻訳(ドイツ語⇒ノルウェー語)と、DeepL(ドイツ語⇒日本語)を駆使して訳したものを掲載します。

a-haのボーカル、モートン・ハルケット『僕らのバンドは、多くの夫婦の歴史より長くなった』

  • 世界で最も成功したバンドの一つ、ノルウェーのポップトリオa-haはもうすぐ結成40年になる
  • RND誌とのインタビューでは、フロントマンでボーカルのモートン・ハルケットと、成功の裏にある秘密について話した
  • 「バンド自体がどれだけ僕たちの人生に結び付こうと、互いが、そして一人一人が、自分の人生を歩むこと」と、ハルケットは説明した

ノルウェーのポップトリオa-haは1982年の結成以来、全世界で1億万枚を売り上げた。この偉大なるヒットには、『Take On Me』や『シャイン・オン・TV』、『Crying in the Rain』が含まれています。この度、モートン・ハルケットは2冊目*1の自叙伝『Heimkehr』(ノルウェー語:Hjemkomst)をリリースした。

RNDのインタビューでは、この音楽家に、キャスティング番組、気候保護、そして新譜の計画について聞いた。

―Mr.Harket、あなたは初めて自分のクリスタルボイスに驚いた時のことを覚えていますか?

モートン:それは、5歳くらいのとき、車に乗っていたときだった。僕は両親の車の後部座席に乗って、童謡を歌ってたんだ。(管理人註:タイトルはドイツ語からノルウェー語に訳されている上に、そのまま検索してもありませんでした)

(ドイツ語になったのをノルウェー語に直しているのでわかりませんが、恐らくこれかな↓。Twitterでノルウェーの人に聞いて確認してみました)

その時、僕は初めて、自分の声が音色を持つことに気づいたんだ。父が、驚いて振り返ったのを覚えているよ。この瞬間、彼は僕の才能を何も知らなかったかのようだった。

―子供の頃は歌手になりたいと思っていましたか

モートン:僕は若いときには、音楽に対してかなり頑張っていたけど、子供のときって、歌手のキャリアなんて考えないでしょ。でも、僕は自分の環境について、特に勉強するようになっていったんだ。この時は、世界中の全てが僕を魅了していたし。歌うことへの情熱に加えて、絵を描くことにも、建物を建てることにも、自分の手で何かを作り出すことに興味があったんだ。

―なぜ、再び、音楽への興味を失ってしまったんでしょうか

モートン:ティーンエイジャーのときに、レッスンを始めて音楽への興味を失ったんだ。僕はピアノの時間が嫌で嫌でたまらなかった。それに学校のホルンオーケストラも好きじゃなかった。僕は自分自身で、音楽をみつけたかったんだ。それが無理だったから、僕にあった(音楽への)興味が死んでしまったんだ。この頃の僕の興味は、デッサン、絵画、彫刻だった。しばらくの間、僕はこういったことが、僕の将来の職業になるだろうと思ってたよ。

―10年後、a-haのボーカルとしてあなたは、ポップミュージックのスーパースターの仲間入りしたわけですが。

モートン:スーパースターというコンセプトからは距離を取ってきたんだ。あまり好きではない言葉だし。あまり、スーパースター然としてないほうがいいんだ。いつも、そうやって対応してきたんだ。

―あなたの家に行っても、これまで手にした数々の賞を見られないと聞きましたが本当ですか。

モートン:その通りだよ。僕の家には、僕が生きていく上で何をしてきたか、ゲストや僕自身に思い出させるものは何もないんだよ(笑)

―あなたの新しい自叙伝で、「1991年、a-haのキャリアのトップで、あなたの人生の何かを変えなくてはいけないとわかった」とありました。どうやって、修正したのでしょうか。

モートン:Rioでのコンサートのときにわかったんだ。僕たちは20万人の人達の前に立った。素晴らしいコンサートだったけど、僕はただ、いつも通りのことをしているように感じたんだ。そんなに長い時間ではないけど。それで、何かを変えなくてはいけないとわかったんだ。

ーコンサートのあと、何が起きましたか。

コンサートは大きくなりすぎないようになった。このとき僕は、自分がもっと解放されるべきだとわかったんだ。

ハルケット:動物園の動物になったような気持ち

―少しして、バンドは分裂しましたね。それは、あなたが何かしたいことを見つけたからでしょうか。それとも、他に理由があったのでしょうか

モートン:理由は一つとか二つとかではないんだ。僕たちは、多くの人の結婚期間よりも長く一緒にいる。僕たちと同じような状況に身を置いてごらん。バンドに焦点をあてると、僕たちは一緒に沢山のことをやってきた。僕たちが一緒にバンドをやっていこうと思わなかったら、こうはならなかっただろう。これはシンプルな答えなんだ。勿論、緊張感のあるときもあった。個人的な、普通の生活もマスコミや一般人から四六時中、注目されているんだ。それは、みんながいる中での巨大な圧力だ。

もし、君が同じ状況になったら、君は、自分がまるで動物園の動物になったような気持ちになるだろう。これは全てにおいてとても重要な要素だ。バンドが僕たちの人生に結び付いてるとしても、それぞれが自分の人生も続けなくてはいけない。僕たちが最初の数年そうしていたように、昼も夜もバンドのためだけに生きるなんてできないよ。もし君が、バンドだけを見ていようと思ったら、きっと上手くいかない。夢は30年間、ただ続くわけではない。ある時期においては、プライベートな生活を持ちたいと思うだろう。これは、他の成功したバンドも同じ。バンドと自分の人生と両方をやっていく方法をみつけなくてはいけんだ。

―a-haの新譜の予定は?

モートン:個人的な意見としては、僕は将来、僕たちのバンドの音を聞かせたいと思っているよ。でも、それは、それだけのことなんだ。可能性は二つある。現時点で、僕が知ってるのは、マグスがまた曲を作ってるということと、僕が曲を書いているということ。ポールも、今はきっと音楽を作ってるに違いないけど、彼はコロナの影響でカリフォルニアに貼り付けられていて、他の場所に動けないからね。

―その今みなさんが作ってる曲は、一つのアルバムに収められるんでしょうか。

モートン:最終的には、僕たちは一緒にやることになるだろう。でも、曲については、ソロの素材になる可能性もある。マグネの新しい曲を二曲聴いたけど、とてもよかったよ。僕たちは、ここ2年、ツアーしていたんだけど、しばらく一緒にスタジオには入ってなかったんだ。光陰矢の如し。僕たちが歩んできた道を、振り返って見てもらえるというのは感動的だよ。

―ドイツで一番人気の『Die Bergretter』のタイトル曲が、a-haの『Foot of the Mountain』なのは知っていますか

モートン:それは素晴らしいね。知らなかったよ。もし君がバンドの歴史を見るなら、ドイツはa-haにとってずっと強い結びつきがあるとわかると思う

―ドイツのキャスティング番組をみてると、a-haの曲が何度も出てくるのに気づきます。ノルウェー版の『The Voice』では、ここ2シーズンではメンター役として参加されてましたね

モートン:とても興味深くてよかったよ。僕は、路上から来た人、夢を持っている人、音楽で生計を立てたいと思っている人達と繋がることができた。その分野のことは詳しいからね。僕は、こういった若者と上手くコミュニケーションがとれたと思う。僕は、彼らが夢に向かって進むことへの障壁や、進めなくしているものを理解しているからね。そういったものは、よく見えるんだ。こういったショーに参加できたのは、とても面白かったよ。

これは、とても要求されるものが多い、集中と時間が必要なものでもあった。でも、この才能ある人達を率いるには徹底的にやらなくてはいけなかった。僕は、僕のもつネットワークを出来る限り、みんなに利用できるようにしてきたんだ。

―若者と言えば、あなたは1990年代から気候問題や人権について積極的に活動されてきましたよね。「未来のための金曜日」運動のように、沢山の若者がこういった問題について取り組んでいることについて、どのように喜んでいますか

モートン:今の時代は、多くの人がこの問題の重要性に気づき、興味を持つようになった。意識が研ぎ澄まされている。もし今取り組まなければどうなるか、誰もがわかるようになった。動物の世界に依存しているからこそ、そこに居場所が必要なんだ。環境を整えなければ、生きていけなくなる。これは論文ではないけど、僕たちが知っていることだ。僕らが苦境に立たされていることは間違いない。地球に人が住むための場所は、もうそれほど残っていない。僕らは、可及的速やか、かつ徹底的にこの問題に取り組まなければいけないんだ。

―あなたの主張を聞くと、気候問題についてまだ取り組みが足りないということでしょうか

モートン:僕たちは全ての懸念事項について答えるべきだけど、十分には出来ていない。でも、このジレンマを解決する道を見つけなくてはいけない。たとえ、習慣を変えたくないと思っていたとしても。僕たちはまだ、ものごとをひっくり返せる立ち位置にあるけど、でも、そう長くは待っていられない。僕たちは、(変化する)方向に、全てのプロセスを加速すべきなんだ。

*1 :モートンの自叙伝としては、ドイツでは『My Take On Me』が出ているため2冊目となります。


モートンが音沙汰ないときは、大抵曲を作っていると思ってはいるんですけど、コロナ禍で姿が見えなかったのは、正直、心配でした。正直、2010年の解散直後より心配でした。ホームページも表紙だけになってしまったし。でも、相変わらずのモートン節健在で本当に良かったです。安心しました。

モートンのインタビューは久々だし、自分だったら聞きたいなーと思っていたことがかなり入っていたのが嬉しかったです。内容としては、これまで語ってきたスーパースタートしての疎外感の話もありましたけど、『The Voice』のことから環境問題に至るまで、今のモートンに聞きたいことが詰まっていて、『Lindmo』以来の素晴らしいインタビューだったと思います。ノルウェーの大衆紙も、もう少し見習ってほしいものです。

個人的には、モートンが自分もマグスも曲を作ってるというところで「歌」という単語を選んでるのに対して、ポールについては「音楽を作っている」という風に「音楽」という単語を選んでいるところに、モートンはポールの音楽が好きなんだなーと思ったり、若い頃は彫刻家とか絵描きとか…、今のマグスの職業みたいなことを想定していたとか…、これはこれで面白いなと思いました。そりゃ、マグスと気が合うよね。趣味一緒だもん。でも、モートンが芸術家でなく、歌手になってくれて本当に良かったです。モートンの声は何よりの癒しですしね。

投稿者

Tomoko

1985年7月4日、期末試験の直前で部活が休みだった日に、たまたまみたテレビ神奈川の「ミュートマ」で『Take On Me』を見てモートンに落ち、8月25日にアルバム発売というので誕生日プレゼントにしてもらって、モートンの声の多才さに感動。その後、タイトルを最後に言うタイプのラジオで「この声綺麗」だと思ったら「I've been losing you」で、これまたモートンだったことから、自分にとって最高の声だと確信。2010年の解散に伴い、翌年からノルウェー語を勉強しはじめ、現在はMCは聞き取れるようになりました。