Vårt Land誌の文化ジャーナリストで昨年引退したOlav Solvang氏が、初めて『Take On Me』を聞いたときのことと、その後、1年ほど経って聞いた時のことを寄稿しています。文中のリンクは、参考として私が張りました。
元記事:https://www.vl.no/kultur/2021/01/22/da-jeg-provelyttet-pa-hunting-high-and-low-i-stua-til-familien-harket/


ハルケット家のリビングで。バッハ好きな父にプリンスをかけるモートン(Olav Solvang)

1984年のクリスマス休暇、Asker駅のキオスク「Narvesen」で、私は新聞と何かばら売りの小さな菓子を買おうとしていた。つんざくような寒さだった。列の前にいた客たちは、帽子を耳まですっぽりと被っていた。ただ一人、モートン・ハルケットを除いては。

私は、1983年の秋まで彼に会ったことはなかった。彼は、T-banen*1に乗ってTveitaにあるVårt Land社に、自分が世界に響き渡ると確信している、もうすぐ爆発的にヒットするポップス音楽について話しに来るまでは。

既に彼は、ポップスターのように見えた。彼はまっすぐに戻した髪(註:あとでもっと適切な言葉を探します)に青いメタリックのストライプを入れ、アメリカンインディアン風のコートを着ていて、太い紐を腰に巻いていた。

彼が、私と同僚に聞かせてくれたカセットは、あまり心が動くものではなかった。そのカセットには、あまりにも声を絞りすぎている、ファルセットの歌があった。曲の名前は、『Take On Me』だ。

デモとスケッチ

それから1年ほどで、その改善版がNRKの『土曜サーカス』という番組で披露された。それはイギリスでもリリースされたが、全く手応えはなかった。

でも、今度はこれまでと同じではない、キオスクでの買い物を追えると、モートン・ハルケットは、そう保証した。

彼は、デビューアルバム『Hunting High and Low』のデモが家にあると言った。そして、それだけでなく、『Take On Me』の、漫画による新しいミュージックビデオのスケッチまであるという。

モートン・ハルケットは、一両日中にはロンドンに帰るというが、私は出来る限り早くというタイミングで、アルバムと漫画のチェックに参加することが出来た。

この時はa-haがアルバムを5000万枚、シングルを7000万枚を売り、スペルマンアワードの9部門を受賞するとは誰も思わなかっただろうが、私は、午後の時間を費やす価値があることに、全く疑いはなかった。

すぐにモートンと私は緑色のマツダ616に乗って、AkerのØstenstad kirkeの先にある、幼少時代、彼が過ごした家に向かった。彼は、ティーンエイジャーの頃、Pappas BarnというTen Singのコーラス隊で、歌だけでなく、オルガンも弾いていた。また、Asker menighet *2のTen Sing*3のコーラス隊 Anthemでも歌っていた。

悪戯

しかし、今はポップスミュージックの冒険の話だ。母であるヘニー(後にモートンの娘のうち一人に名付けられる)が、クリスマスケーキをだしてくれた。父のライダーは、神学研究の専門学校からロンドンでのポップス音楽への転換は大きいことだとしながらも、息子が夢を追っていることを素晴らしいと言った。しかし、モートン・ハルケットは、信仰を捨てる計画は全くなかった。それは、父親の対するちょっとした悪戯や反抗だったのかもしれない。

シニアのハルケットは、キリスト教の歌手Ola Vallandの伴奏者だ。彼は、クラシックを特に好んでいたが、モートンがプリンスのレコードをかければそれを聞き、それだけでなく、今はテープレコーダーから流れる『Hunting High and Low』も聞いていた。

成功の匂い

私はすぐに、『Take On Me』を聞いた。それは、Tveita で聞いたカセットバージョンとは全く異なる品質になっていた。アルバム全体が成功を匂わせていた。テーブルに置かれたビデオのスケッチも、タフで独創的だった。モートン・ハルケットがロンドンにいる、マグネ・フルホルメンとポール・ワークターの元に戻るのが待ちきれないのも、おかしなことではなかった。

母は、またいつ会えるのかと聞き、息子は、何かアドバイスを得るときと答えた。父親は、新しい家路への支援として、カーブのところまで送ろうと言った。

(以下、有料サイトで続き)なのでいったん終了


*1:T-banen オスロを走る地下鉄
*2:Asker Menighet:Askerのキリスト教信者によるコミュニティ
*3:Ten Sing:キリスト教のコミュニティによる、ティーンエイジャーを対象とした、音楽を通した活動。コーラス、バンド、ダンスなどがある。


モートンの学生時代のことは、これまでもインタビューや、ノルウェーの番組、そして、いじめについての講演や本『Hjemkomst』で語られてきました。学生時代、自分が想像した物語を本当のことのように話し、嘘つきと他の子たちから木の枝でぶたれるイジメに遭ったこと、その心のよりどころとして、キリスト教の青年団で活動していたこと(恐らくこれがTen Singのこと)、神学の勉強をして宣教師になることも考えていたこと、キリストの劇でキリスト役をやったことなど。しかし、オルガンまで弾いていたとは知らなかったです。ピアノは先生がついたら面白くなくてすぐ止めてしまったという話があったので…。

この文中に出てくる『Take On Me』のデモですが、全く同じかはわかりませんが、ワーナーから出ているハンティング・ハイ・アンド・ロウ(エクスパンデッド・エディション)で、聞くことができます。ついでに土曜サーカスで演奏したのと同じ84年バージョンも。

この記事を訳すのにあたって、Anthemとか調べてたら去年発行されたAsker menighetの機関誌にモートンが載ってるのを発見しました。内容は主に、『Hjemkomst』に掲載されている信仰部分のようですが、あとでじっくり読んでみます。こういった背景を改めて考えると、モートンがキリスト教関連のアルバムに参加するのが、すごく腑に落ちますね。

そして、もう一つ。モートンの娘、ヘニー・ハルケット。Anne Metteさんとの間にお子さんがいるのは覚えていましたが、今17歳だそうです。インスタをみましたが、やっぱり似てるなーと。特にトミーネに。

投稿者

Tomoko

1985年7月4日、期末試験の直前で部活が休みだった日に、たまたまみたテレビ神奈川の「ミュートマ」で『Take On Me』を見てモートンに落ち、8月25日にアルバム発売というので誕生日プレゼントにしてもらって、モートンの声の多才さに感動。その後、タイトルを最後に言うタイプのラジオで「この声綺麗」だと思ったら「I've been losing you」で、これまたモートンだったことから、自分にとって最高の声だと確信。2010年の解散に伴い、翌年からノルウェー語を勉強しはじめ、現在はMCは聞き取れるようになりました。