在宅勤務が常態化した結果、これまでより、モートン本を読む時間が捻出できるようになりました。仕事中に読むわけではないですよ、通勤しなくて良い分、早く仕事が終わるので時間に余裕が出来たのです。

さて、『Poetenes Evangelium』の話を読み進めていたら、リリース後の酷評の話から、流れるように『Los Angeles』の話になり、その話がとても印象深かったので紹介します。


Poetenes EvangeliumからWild seedへ

さて、『Poetenes Evangelium』は全くキャッチーではなかったし、ポップミュージックでもなかったので、受けは悪かったようです。Dagbladetなどはここぞとばかりに、モートンのソロとして叩いたようですが、モートンは逆に、この企画を「(自分のソロではないが)自分にとっては最高の出来」だと考え、ここでの経験を発展させたいと考えたようです。ここから、モートンとHåvard Rem,Kjetil Bjerkestrandの3人による新たな一歩が始まったようです。

1993年は年末にベイルートで2日のコンサートがあったので、年明けてから新プロジェクト開始するとして、表向きは「曲作り」、実際は「ダイビングを楽しみにして」、モートンとRem氏でモルディブに向かい、その帰り、Rem氏が飛行機の中で膝の上にノーパソを置いて『Los Angeles』の詩を書き、モートンはというと、ギターをもって座席に座って、その詩が書かれていく様を見ていたのだそうです。

撮影場所がモルディブだった気がするけど違うかも。既に記事が消えていて確認できないです。スミマセン。

Now I come back to sleep with you?

ここからが、個人的に印象に残った話。リレハンメルオリンピックのパラリンピックでa-haが演奏する前日の深夜、モートンは死ぬほど眠い状態で、Rem氏の『Los Angeles』の詩を再度見たのだそうです。すると、突然、曲が降りてきたので、ギターを取り出し、Rem氏の留守電に曲を入れたのだそうです。そして終わり次第、眠ったのだとか。

僕はギターを取り出し、(Rem氏による歌詞メモの上に?)その節を直に書いた。それをHåbard の留守電に入れてから寝たんだ。それは、あまりにも突然だった。自分の中にあったものが、呼び起こされた瞬間だった。

この部分を読んで真っ先に思いついたのが、このSony EriksonのCM.

こんな感じで、留守電に入れたんでしょうか。そして、もう一つツボだったのは、モートンが思いついたのは、「リフ」の部分ではない部分だそうで、ということは、すごく眠い状態で、必ずしもその部分とは肯定出来ませんが『Now I come back to sleep with you 』とか歌ったんですかね。夜中の2時に。

リレハンメルで、『Shapes that go together』を披露する前日に、そんなことがあっただなんて。

マグネは防寒に良さそうなセーター、ポールは正装、モートンは袖なし。相変わらずバラバラの服装

『Los Angeles』は『Baltimore』だった

当初、『Los Angeles』は、『Baltimore』というタイトルだったそうで、モートンは「Håvard が商業的な力に配慮して変えてしまった。Baltimoreのほうが良いのに。中も名前も変えちゃって。後悔してるんだ」と大変不服な様子。これに対してRem氏は「『Baltimore』は愛の物語の場所として設定されていたもので、スタジオでの初期タイトルだった。しかし、リフの部分が形作られていくと、選外となった。リフでは、Los Angelesがキーであり、かつ韻を踏む言葉だった」と話しています。ちなみに、このリフ部分(曲)は、リレハンメルの後まもなく、モートンがKjetil Bjerkstrand氏のソファの上で思いついたのだそうです。

改めて聞いてみても、モートンには悪いけど『Los Angeles』のほうが確かにメロディにもしっくりくる気がします。


個人的に、数々の賞を受賞した『A kind of Christams Card』よりも、私はこの曲のほうが好きです。アルバムで一位二位を争う、好きな曲といっていいかもしれません。これと、『Lay me down tonight』と『Tell me what you see』です。ちなみに、なんで屋根裏部屋みたいなところで、ホテルではないのかというと、ノルウェー語の先生に聞いたところ、当時はホテルが(選手で?)満杯で知り合いの家に泊めて貰った人も多かったとか。a-haはスターなんだし、ホテル用意されてそうですけども、当時は、3人の関係は上手くいっていなかった時期ですし、知り合いのところに泊まった可能性もあるかもしれません。

本では、この後、Rem氏からどうやって曲作りを学んでいったのかとか、他の曲についても書かれているようなので、これからが楽しみです。また「これは」と思うものがあったら、掲載します。

さて、酷評された「Poetnes Evangelium」には後日談があって、酷評した評論家を、Kjetilがランチに招待してそのアルバムのコンセプトを説明したのだそうです。結果、モートンは、「評論家が何も理解してなかったことがわかった」のだそうです。まあ、キリスト教の企画ものアルバムに、キャッチーでポップなキラキラした音楽を求めても、それは大分違いますよね。今でもモートンのソロが出ると、メランコリックな曲には「メランコリックといえばポールだし、ポールの曲が良い」、そうでない曲にも何かしら「声が甘すぎる」だのなんだの言う評論家はいるので、察しがつきます。

話がそれましたが、『Los Angeles』は良い曲なので、いつかまた生で聞きたいです。

投稿者

Tomoko

1985年7月4日、期末試験の直前で部活が休みだった日に、たまたまみたテレビ神奈川の「ミュートマ」で『Take On Me』を見てモートンに落ち、8月25日にアルバム発売というので誕生日プレゼントにしてもらって、モートンの声の多才さに感動。その後、タイトルを最後に言うタイプのラジオで「この声綺麗」だと思ったら「I've been losing you」で、これまたモートンだったことから、自分にとって最高の声だと確信。2010年の解散に伴い、翌年からノルウェー語を勉強しはじめ、現在はMCは聞き取れるようになりました。