a-ha+に、「a-haの3人がベルリンで話していたこと」が掲載されました。
情報がいっぱい掲載されていて、読んでいて嬉しくなります。

マグスが、言っているように、モートンはパワーアップしましたよね。
個人的には、前にも書いたように、その種を手渡したのはマグスだと思います。

思うに、モートンはソロを出すと毎回、必ず何かパワーアップしてa-haに戻ってきますよね。
95年の『Wild Seed』と96年の『Vogts villa』は、その後のa-haのアルバムでモートンの曲が入るきかっけをもたらし、2008年の『Letter From Egypt』では80年代から90年代までずっと言われ続けてきた「他のメンバーは曲を作るのに、君は作らないの?」の呪縛から解放されたかのように感じました。
その後の『Foot of the mountain』はa-haの最後のアルバムになりました。モートンはこのアルバム(Foot of the mountain)では曲作りをしていませんでしたが、80年代のように「作らないといけないのに作れない」という呪縛からは解放されたように感じました。だから、その後、解散したのも、私にはものすごく納得できる流れでした。

『Out of my hands』はノルウェー受けはあまり良くなかったですが、他のミュージシャンとコラボレートして自信を得たでしょうし、Peter Kvintとの出会いもあり、『Brother』ではその出会いから更に才能を開花させたように見えました。
ソロアーティストとして自信を持てたからこそ、a-haの再結成も彼の中で「やりたいと思ったからやった」ところにいきついたのではないでしょうか。
ポールと「二人で」曲作りをしていたなんて、以前だったら考えつかないことでしたから。

投稿者

Tomoko

1985年7月4日、期末試験の直前で部活が休みだった日に、たまたまみたテレビ神奈川の「ミュートマ」で『Take On Me』を見てモートンに落ち、8月25日にアルバム発売というので誕生日プレゼントにしてもらって、モートンの声の多才さに感動。その後、タイトルを最後に言うタイプのラジオで「この声綺麗」だと思ったら「I've been losing you」で、これまたモートンだったことから、自分にとって最高の声だと確信。2010年の解散に伴い、翌年からノルウェー語を勉強しはじめ、現在はMCは聞き取れるようになりました。