本当は記事に繋げて書こうと思ったのですが、やはり記事は記事で独立したほうがよいと思い、別にしました。
私は普段、facebookでノルウェーの新聞ページを購読していまして、最近、そのうちの一つが、東スポみたいな煽りをするんですね。「あのレジェンドが○○!」みたいな。2023年の新年以降、全く更新されないモートンのインスタや情報に、胸騒ぎがして、こうした釣りタイトルを何度クリックしたかわかりません。なので、今回のニュースを知って最初の感想は「生きていてよかった」でした。
最初は記事のモートンの台詞部分だけを読んで、「心配しないで」の文面で泣いてしまったのですが、全文をがっつり読んで訳した今は、その過酷な治療生活とは相反するモートンの前向きな姿勢に、改めて尊敬を感じます。
モートンのお父様の、年齢による身体の劣化を受けいれ、そでも今使える体で出来ることをするという姿勢は、さすがモートンのお父様だなと。そして、それを心の支えとし、受け入れることのできるモートンの器の大きさも感じました。そして、モートン自身が、受け入れた上で、出来ることをしている。今できないことについても、内心の葛藤は勿論あったのかもしれませんが、決して諦めていないように感じました。
あくまで個人的な印象なのですが、モートンが、自分の声で上手く表現できるかを課題としてるという話のあと、「どうなるかわからない」と続けているところの接続詞が「でも」なんですよね。前の文脈がネガティブであるのだから、後ろの接続詞は「だから」でもいいと思うんですけど、「でも」が続くということは、「まだ先はわからない」という中に、「歌える状況になったら歌おう」という意志があるのではないかと、勝手に感じたりもしました。
新作にしてもそう。デモをいつ作ったのかまではわかりまえせんが、オムダール氏が聞いて「通用する」と思うものが出来ている。ならば、自分は待っていようと思いました。いつ出るかはわからないし、来日とかは難しくなってしまったでしょうけれど、ゆっくりと待ちたいと。
モートンのニュースを聞いて暫くして思いだしたのがこのビデオとこの2曲でした。
恐れと不安の区別の仕方を、キャリアに悩むガブリエラに伝えるモートン。この時の言葉が、まさに、今、ニュースを聞いて不安になっている自分にもそのまま当てはまるようで。「事実」と「ただ怖いだけの推測」をわけて考えること。そうすると、自然と、事実として、パーキンソン病という病が気のせいだったということにはならないわけで、ファンとしても受け止めなくてはいけない。というか、受け止める以外のことは出来ず。また、モートンには最先端医療の専門家がいることを考えたら、私たちに出来ることは何もなくて。そこで、記事の「自分がどうありたいかを見つけ出して」「自分の向き合うべき問題にエネルギーや力を使って」「僕は面倒を見てくれる人がいるから大丈夫」(意訳)という言葉で、行き場を失ったファンの気持ちに寄り添ってくれている。
「モートンに貰ったものがありすぎて、返せるものがない」という思いには、同じファンへの言葉の中に「自然に対して良き貢献者であってほしい」「環境問題に取り組んでほしい」というのがあるわけで。こちらが、どのような感情に行き当たっても、既に回答が用意されているという。なんて出来た人なんでしょう。その上、パーキンソン病を抱えたアーティストとしてやっていくという覚悟すら見える。本当にカッコイイったらないですよね。
『There is a place』についての、私の思うところはこちら。(以下引用)
『We are different, we are one』のところは、一端、横において、この「暗い考えは脇において、今夜は僕の腕の中でおやすみ。なにもかも大丈夫だから」っていうのは、仕事で疲れてるときとか、今の状況みたいに世間の騒ぎに疲れてる時は、本当に何より効く言葉です。乙女ゲーか!と言いたくなるくらい、癒やしになる言葉。ここで『We are …』に戻ると、モートンは他の歌詞でも『You are with me wherever I go (僕がどこにいっても君は僕と一緒だ) 』(Darkspace/アルバム「Letter From Egypt」)と言っているので、それぞれが自立しながらも、根本で繋がっているということを信じる、信じられる人なのだと思います。だからこそ、聞いてる側も「なにもかも大丈夫だから」と言われることに安心感があるというか。それぞれが、それぞれの道を進みながらも、同じ目標を持っていたり、同じ愛情を持っていて、必ずこの先も繋がっていると信じられるということ、それが、”居場所”であり、その”居場所がある”ということこそ、”希望”なのだと、私はモートンの言葉たちから感じました。
モートンと根本では繋がっていると思えば、彼が自信作だという最新作をいつか手にする日を信じて、自分のすべきことに向き合える気がしますし、そうありたいと思います。自分がどうありたいか(どうなりたいか)というのは、考えると案外難しいですよね。仕事でも○年後のキャリアを考えろとか言われるけれど、取り巻く状況が変わる中で必ずしも、自分が思ったようにはならないかもしれないと。でも、モートンの姿勢をみていると、自分がどうありたいかというのはもっと根本的なところで、何かが起きた時、どういう姿勢でいられる自分でいたいかとか、どういう人でありたいとか、そういったことなのかなと。
このインタビューを読んで、症状的な意味では、不安になる部分も勿論ありますが、モートンは生きているし、何より、積極的に動いている(日常生活を送れるように努力している)し、今の状況で出来ることをしっかり見つめている。だからこそ、奇跡が起きてまた歌声を聞ける日がくるような、そんな希望も持っていますし、そんな大変な中でもファンに至れり尽くせりの言葉を伝えてくれている彼の思いに応えられる自分でありたいなと強く思いました。












お辛い中 ありがとうございます
あれから病について調べるうち 待ち受ける過酷さに心が砕け とても前向きな気持ちにはなれませんでしたが 読ませていただいて本当にありがとうございました
遅くなりましたが、コメントありがとうございます。
私たちが得られるどんな情報も、モートンの実際との差異はわからないですし、彼のもとには最先端の医療チームがいるはずです。ただ、祈るしかありませんが、私はモートンなら奇跡を起こせる気がしています。
初めまして。
私はTake on me の頃にファンになって、Stay on these roadあたりまで追いかけていて、最近になって彼らがずっと活動していることを知って戻ってきた者です。
大人になってお金も多少あるし、次に日本に来た時には直接聞きに行きたいな~と思っていたら、今回のニュースで、とても驚きました。
ショックと同時に、彼の言葉に尊敬の念を深くしました。
実在の人で、一緒に年を取っているのだな、とも思いました。
彼はパーキンソン病ということですが、自分にも可能性があることですし、病気にならなくても誰もが年を取り、心身の機能は衰えていくものです。私もそれを日々感じているので、彼の言葉は、裏にはたくさんの葛藤や乗り越えてきた苦難があると想像しつつも、ファンだけでなく多くの一緒に年を取っていく人たちにとっても、たまらなく美しい言葉だな、と思いました。
再びa-haやモートンを好きになってよかったな、そんな自分を誇らしいなと思いました。
こちらのサイト、本当に素敵です。このような場を続けてくださりありがとうございます。
コメントありがとうございます。
また、サイトも見てくださってありがとうございます。
モートンの、自分の状況に向き合う姿勢は本当に尊敬できますよね。
久々に戻ってきたとのこと。Stay On These Roads以降も、彼らの作品は沢山ありますし、モートンのソロもいくつかでています。ソロについて、軽く紹介させていただくと、
『Wild Seed』は、モートンが初めて「自分の手で」作ることに拘ったアルバムですし、『Vogts Villa』はノルウェー語での歌が楽しめ、『Letter From Egypt』には、マグス提供の曲もあります。『Out Of My Hands』はキャッチーなアルバムで、Pet Shop Boys提供の曲もあり、彼のソロ最新作である『Brother』はカッコイイ曲が多いアルバムです。ぜひ、じっくり楽しんでください。