トミーネの情報が続いたので、何か訳してないモートンの記事はないかなと探したところ、見つけました。
これ、訳したような気がするんですが、途中で頓挫したのか、はたまた訳したものの載せなかったのか、或いはこのサイトのどこかにあるけど見つけてないだけなのか(笑)。
昨日のトミーネの動画インタビュー(およびこれまでのトミーネのインタビュー等)と対で考えると、親子で似た考えを持ってるのが解ります。
2008年6月24日の記事です。
今回は、翻訳の後ろに、更に今回のインタビュー読解で私が思ったことを他の記事の一部も引用して説明してみました。
全ての女性はセックスシンボルの可能性を秘めている
モートン・ハルケット、自分の体と女性の体との関係について
モートンハルケットはセックスシンボルだ。そして、全ての女性は自分と同じ問題を何かしら抱えてると考えている
(写真:Scanpix)
モートン・ハルケットはもうすぐ50歳になる。この23年間、彼はずっと、もっともセクシーであるという呼び名を維持し続けてきた。しかし、彼はそれを理由に傲慢な態度になることはない。
「正直言って、『最もセクシーである』と言われる側に立つと、ただのオブジェクトになるんだ。現実的に、感じの良い女性達はすぐに彼女達の王子様として見るようになる。でも、彼女達は公のみんなで共有しているような誰かを欲しいとは思わない。そしてそれは、至極正しい。僕は彼女達に同意するよ」
-でも、あなた自身セックスシンボルであることを止めようとしたことはある?
「ないね。簡単なことだよ。僕はセックスシンボルであろうとしたことがないから。使ったとして、どうなる?僕にとって、これは、女性がセックスシンボルとして見られる可能性と同じようなことなんだ。本当に短い時間で、僕は女の子をスキャンすることができる。ほら、もう僕は君がビキニを着たらどんな感じになるかわかったよ」
-ええ?え?
「そんな感じ。これは僕にとってとても自然なこと。でも僕らは違うことについて話している。既に記録してることとか、世界の可能性についてどう位置づけるかとか。
だけど、勿論、それは君がビキニを着たらどう見えるかとか、ビキニなしでどう見えるかってこととはなんの関係もない」
しかし、男性が単純であること、モートン・ハルケットが要らないもの、女性がそうなると激怒するものについて、敢えて指摘するのは初めてのだ。
「男が女性をどんな感じに見ているかっていうのは、そう単純ではないんだ。女性だって、その人によって激怒する度合いは違う」
ーありがとう
「問題は、女の子たちは男性と議論するときに、自分たちがセックス対象として見られることなく会話を楽しむことを自然に要求するのに対して、でもそう見られる可能性があるということ。そして、それは君たち自身の中にあることでもあるんだ」
-ん?
「君たちは、悪しき感覚の中にいるべきじゃない。とはいえ、君たちが僕たち(男性)にとって性の対象であること、ヒップが僕たち男性にとって何か良い物であるってことは変えられない。これは、変えられないことの例えなんだけれどね。
たとえば君が何かについて、楽しくなるような反応を沢山してくれたら、僕にとって君の体のことはたいした興味の対象にはならない。それは同時に、結局、僕にとっての興味が君のヒップになってしまう可能性もある。そういうこと。」
紳士であるハルケットは、チェックの達人だという。でも、男性はアルコールを混ぜたりしないし、彼曰くの『力を抜いて、体を解きほぐす』をすることもできる。
もっとも、それはモートン・ハルケットがしたいことではないようだが。
「僕はずっと、良い体型であることに憧れてたんだ。25年ずっとね。その為にやってることは少ししかないし、殆どずっと横になってたりするけどね。でも、それが僕なんだ。それに僕はうぬぼれが強い。そんなだらしのない僕は、好きではないけど」
-だらしない?
「うん、結局そうなんだ。僕は怠惰で無気力なんだ。そしてそんな自分に苛々する。僕は自分が憧れた引き締まった体になってる。でも、違うんだ。」
-何度か、(トレーニングとか)やったりしました?
「いいや、近いことは、蝶々を捕まえることぐらい。それが僕のいつもの運動なんだけどさ」
モートン・ハルケットは、これまで「なんでもありの飲み会」には出たことがないという。彼は若い頃から昆虫が一番興味のあるものだった。あと、植物と。
ある時期、彼は沢山の貯蓄を手に入れた。そして、ラッキーなことにもしかしたら…女の子達も。女の子たちはみんな、彼に興味があったから。
「若い頃は、表だっては言わないけど45歳とか50歳の女性でも魅力的だし、素晴らしいと思っていたよ。どこに魅力を感じるかは、色々経験したけど20代の頃から変わらないこともわかったんだ。それに最近は、自分より年上の女性にも惹かれているよ。僕自身、もう50歳になるしね」
モートンは、このほかにも何度か、自分の体のことや、女性とのことについてインタビューで回答していますが、基本ぶれません。
まあ、ファンとして見てると、「モートンって髪の長い女性が好きだよねー」とは思いますが(笑)
このインタビューで、セックスシンボルであることは「オブジェクトになること」と言っていますが、この「オブジェクト」という物言いは、2012年9月のインタビューでも出てきています。
-親友といえる人はいない?
-いるよ。このメカニズムを理解し、彼らなりにどうしたらいいかを見つけてくれた人たちがね。彼らは我慢し、受け入れてくれたんだ。でも、有名人と近い関係にあるっということは、彼らもまた僕と同じような立場で生きるってことになるんだ。
それは骨の折れる立場だよ。「実体ではない」ものとして扱われると同時に、そのオブジェクト化した自分は綺麗な状態でなくちゃいけないんだ。
それが「人類愛」ではない受け入れ方なんだ。
引用:誰だってコミュニティからはじかれるのは嫌だよ
今回訳したインタビューは2008年のものなので、言い方は違いますが「オブジェクト化した自分は綺麗な状態でなくてはいけない」というのが、まさに「王子様であること」の部分でしょう。
そして、同じく2012年9月の別のインタビューでは、
「ポスターボーイ」の刻印をおされることを理解してた
―僕は、自分に対し、充分に辛辣な観察者だと思う。僕は物事…人、動物、建物、主張…をどのように取り入れるかを意識してるんだ。僕は自意識が高いけど、同時に少し気障でもある。
僕が自分のルックスに対してやっているのは、ほんのわずかなこと、-トレーニングと化粧品くらいだ。僕は、その二つに焦点をあてるのが実際的だし、あまりに気にしすぎたり、時間を使いすぎるのは賢くないと思う。
―若い時からそうだったよ。僕がこの業界に入ったのは20代だったけど、自分はきっと『ポスターボーイ』の刻印を押されるようになるだろうと理解してたんだ。僕は、このときからずっと、ルックスについてはリラックスした関係を保ってきたよ。外部に対しては、写真がなんらかを代表したり、参照されることになるけれど、僕は僕だから。それが僕に何か関係することはないけど、社会の仕組みだからね。
引用:VGのモートンお誕生日記事:モートン・ハルケット 自由な獲物であることのジレンマ
とも。以前にみた、動画の中で、カミーラがモートンについて、「彼はスターになるって、最初から(デビュー前から)わかっていた人」と言っていました。
カミーラと出会ったのはスターになってからなので、恐らく、モートン本人がカミーラにそう語った、もしくはそれに類することを伝えたのだと思います。
最初から、「ポスターボーイ」になる可能性は自分でわかっていて、若干のトレーニング(といっても体動かすだけ。家の前を掃除したり、蝶を追い掛けたり、コンサート前に懸垂してる動画もありましたね)と化粧品で、体型を崩しすぎないように維持してきたわけですね。
こういった経験から、モートンは「オブジェクトとして見られる女性」についてもまた、理解が深いのだと感じます。
2016年5月のインタビューでは、
「特別であるということは、何かをすることにおいて、敬意を払ってもらえなくなるだろうってことだ。これは、障害だけど、でも、呪いというほどのものではない。僕がこんなルックスでなければ、物事はもっと簡単に運んだかもしれない」
モートンは、そうGuardianにそう答えて、次のような説明をした。「たとえば、ちょっと胸が大きすぎる女性みたいなものなんだ。(胸の大きすぎる女性が)どの部屋に入るにせよ、彼女自身よりまずは胸が先に入ることになる。それは、いつも…、彼女が何をするにせよ、重たく影響することなんだ」
引用:モートン、自分のルックスについて語る
「特別であるということは、何かをすることにおいて、敬意を払ってもらえなくなるだろうってことだ。これは、障害だけど、でも、呪いというほどのものではない。僕がこんなルックスでなければ、物事はもっと簡単に運んだかもしれない」
モートンは、そうGuardianにそう答えて、次のような説明をした。
「たとえば、ちょっと胸が大きすぎる女性みたいなものなんだ。(胸の大きすぎる女性が)どの部屋に入るにせよ、彼女自身よりまずは胸が先に入ることになる。それは、いつも…、彼女が何をするにせよ、重たく影響することなんだ」
引用:モートン、自分のルックスについて語る
と、「特別なオブジェクト」であることについて述べると同時に、女性を例にしています。
今回のビキニの例は、人によっては、突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、自分がセックスシンボルやスターとして特別なオブジェクトとして見られ続けてきたからこそ、「誰もそう見られる可能性がある」ということを解りやすく伝えてくれているのだと思います。
だからこそ、今回のインタビューで、こう言ってくれてるんですよね。
「問題は、女の子たちは男性と議論するときに、自分たちがセックス対象として見られることなく会話を楽しむことを自然に要求するのに対して、でもそう見られる可能性があるということ。そして、それは君たち自身の中にあることでもあるんだ」
「君たちは、悪しき感覚の中にいるべきじゃない。とはいえ、君たちが僕たち(男性)にとって性の対象であること、ヒップが僕たち男性にとって何か良い物であるってことは変えられない。これは、変えられないことの例えなんだけれどね。
たとえば君が何かについて、楽しくなるような反応を沢山してくれたら、僕にとって君の体のことはたいした興味の対象にはならない。それは同時に、結局、僕にとっての興味が君のヒップになってしまう可能性もある。そういうこと。」
ノルウェー語を勉強してモートンの記事を訳すようになりましたが、本当に、くだらない質問が多すぎて頭にくることが多々あります。
訳す私ですら苛つくのだから、モートン本人はさぞかし…と思います。
まさに、「問題は、女の子たちは男性と議論するときに、自分たちがセックス対象として見られることなく会話を楽しむことを自然に要求するのに対して、でもそう見られる可能性があるということ。」の部分です。
上記の部分「女の子たちは」「君たち、君」のところをモートンに、「僕たち(男性)」「僕にとって」を「女の子達、君」に、ヒップをルックス変えるとよくわかります。
変換してみましょう
・僕が性の対象であること、僕のルックスが君たち女の子にとって何か良いものであることは変えられない
・僕が何かについて良い反応を沢山したら、ルックスのことはたいした興味の対象にはならない。同時に、結局ルックスだけしか興味を持たれない可能性もある
ついでに「問題は~(略)」の部分は、「僕が女の子達と議論するとき、僕がセックス対象として見られることなく会話を楽しみたいのに、そう見られない可能性がある」となります。まあ、モートンの場合、「僕がマスコミの人と議論するとき」としても同義なんですが。
あくまで個人的な印象ですが、男性ほどくだらない質問が多いですね。モートンをルックスだけの男にして蔑まないと気が済まないのかよ、と思うことが多々あります。
要するに妬みなんだろうなあ……
「セックスシンボルであることを止めようとしてどうなる」というのは、こういった経験からの「他人の見方はコントロールできない」という部分であり、さらに「悪しき感覚の中にいるべきじゃない」というのは、つまり、「他人の見方を変えることはできなくても、他人の反応を変えられる可能性はある。それによって、嫌な感じから抜け出すことは出来る」ということなのだと思います。
そして、勿論、それは「話を打ち切ってその場を去る」という選択肢も含まれていると思います。実際、雑誌『Massiv』のインタビューでは
女の子のヒップは人格よりも興奮させると思いますか?Mira Craigについてもどうでしょう?(*4)
―Mira Craigのヒップは彼女の個性のひとつだよ
はは、私達はそれについてはもっと知ってるよ
―じゃあもう説明はいいだろう。君にとって何も得るものもないだろう。
引用:【翻訳挑戦】Massiv -僕はスターだ。以上。
話を打ち切ってます(笑) カッコイイ。
「女性のこと?とても身近なことだよね。君も知っての通り、女性がいるからこそ、人はこの大地に存在を刻めるのだから」
-女性は大好きですか?
「言わないよ、君は”モートン・ハルケットは女性が大好き”って書きたいんだろう?僕は女性に対しては健康的な欲は持ってるよ、そして、我々はもっとそのことについて話してもいいと思う。そうできないのは不健康なことだからね」
引用:【翻訳挑戦】僕は完璧な女性には興味が無いんだよ(2014/5)
こちらは話を切り替えるパターン(笑)。
同じ記事では、
「僕は女性に対して、その人自身をみるんだ。その類いの「完璧さ」を女性にも自分にも求めてないんだ。良い物には惹かれるけど、完璧なものには反発するというのが真実なんだ」
「僕は、完璧な女性には興味がないんだ。僕が興味があるのは、最高に素晴らしい女性のほうなんだ。完璧な女性が、素晴らしい女性とは限らないと考えているしね」
引用:【翻訳挑戦】僕は完璧な女性には興味が無いんだよ(2014/5)
とも言っていて、それは、今回訳した記事の「たとえば君が何かについて、楽しくなるような反応を沢山してくれたら、僕にとって君の体のことはたいした興味の対象にはならない」の部分と根本は同じ、つまり、体だけの興味より、人としてコミュニケーションを取りたい相手であることが重要ということでしょう。
あたり前といえばあたり前なんですが。
冒頭の「トミーネと似た考え」という部分に戻りますが、娘トミーネは「胸は性対象のオブジェクトとしてだけ扱われるべきではない」というキャンペーンを張っています。それはまさに、モートンの言うところの「オブジェクトとして見られ、立ちゆかなくなること」への彼女なりの抗議であり、変えたいという思いでしょう。
それは、ある意味逆の反応に捕らえられますが、「胸は誘惑するためにあるんじゃない、個性であり、(子供のためにも)大事なパーツだ」「焦らずゆっくり愛し合えばいい」とする部分は、女性のヒップの話を打ち切り、「完璧な女性より素晴らしい女性が好き」とするモートンと、根本に流れるものは同じだと強く感じます。
上手くいえませんが、「ただ、一緒にいて幸せであること、対等であること」ということです。