原文:http://www.dagbladet.no/magasinet/2004/10/16/411455.html
(リンクからも解るとおり、2004年10月16日の記事です。)

モートン・ハルケット、20年に渡る口論と権力争い、無情な諍いについて語る

「それは読者が期待しているよりも暗く、複雑な歴史かおしれない。だが、本当のことなのだ」
『Swing Of Things』において、著者のジャン・オムダールはこのような書き出しで始めている。

来週の木曜日に出版されるa-haのバイオグラフィ本は、大小様々な衝撃的事実で溢れている。

確かに、この本はa-haの冒険談を扱っているが、その殆どはファンが今までみたことがない、音楽に対する意見の食い違いや、権力闘争、収入についての争いと、一緒にやっていくことが、困難になったことについて、扱っているのだ。

バンドメンバーに至っては、殆ど一緒に話すこともなく、体調も限界に来ていた。
モートン・ハルケットは、20年の長きにわたって自信のポップミュージックの冒険談を見続けてきた。
彼はオスロのコロシアムパークホテルの一室に座っている。
そして、彼らが嘗て見せたことのない写真を通して、その冒険談を見せてくれるのだ。

バンドの様々な真実について、彼はゆっくりとほこらしげに、写真について語った。
ゆっくりだが、殆ど全てのことを。素晴らしくて、強くて、傷ついた、痛ましい思い出の数々を。

彼はそこで話しをやめた。それは、ノルウェー最大のポップアイコンを通して知る、衝撃的な話だった。

「僕たちの最大の失敗は、大きな役割を演じさせられることを自慢に思っていたことだ」

本の中で、ハルケットは、バンドが一緒にやる度に”信じられないようなこと”があったと言っている。
彼はMagazinetに、より深いところまで語ってくれた。
不協和音をみてとれる写真でも、一緒にやっていく中では、ごく自然なことの一つであると。

「ぼくたちは、a-haの活動を通して、魔法のような出来事があったんだ。
そのことのほうが、この複雑な関係についての無駄話より、ずっと大きなことなんだ。」

けれど、彼はポールやマグスとの関係に、今までの歩みよりも本質的なものがあることも認めている。

「僕たち3人は、各々が要求の多いオレ様タイプで、自分自身やa-haの代わりとして、高い要求をリストにあげていたんだ。

僕たちは決して、注意深い子ども達ではなかった。
この本では、何も省略されてない。正直なバイオグラフィだ。
最初に話すこと…それは、僕たちが話すべき事なんだ。
著者サイド、出版社、そして僕らサイドからの前提は、『全てにおいて、切り離して考える』」ということ。
それこそが、僕たちが一番興味のあることなんだ」
彼は、そう語った。

その結果、複雑さと不仲、フランスとレーションとメンバー同士の距離、そして誤解についての話を強く印象づけることになった。

オムダール氏は、メンバー3人のことを「ネガティブとポジティブのエネルギーの奇妙なミックス」で発展していると記述している。

同時に、この本では、(a-haが)ノルウェーのポップ音楽にとって、最大の成功に至ったことを、祝っている。
a-haは、7枚のスタジオアルバムと、1枚のライブアルバムを通し、2700万枚を売り上げており、27カ国で63個の第1位を獲得、イギリスでは13個のトップ10入り409カ所でのコンサートへ行った。
1997年のリオのマラカナ・スタジアムで行われたコンサートでは、、動員合計が196000人となり、世界記録を達成した。

「僕たちは、感謝の気持ちが十分じゃなかたんだ。
 もし、君が僕たちのように、不満に囚われていたら、
 (僕たちがそうであったように)出口のない迷路を掘っていくような気持ちになるだろう。
 そして、そこには何もないんだよ」
モートン・ハルケットはMagazinetにそう伝えた。

本の中で、ポール・ワークターは、「大きなスキャンダルはなかった」と語っている。
だが、彼は「マジ・ムカツク」ことについて話しており、3人の関係を「我慢が必要な、イプセンの小説みたいなもの」と称している。

著者であるオムダール氏は、この2年、何度もバンドメンバーと会っており、又、ツアーにも同行している。

「初めて彼らにインタビューをしたときから、うまくいったんだ。
 彼らは僕が、彼らのしてきたことを、思い切り汚すことはないと、信じてくれた。
 僕は批判もあったけど、a-haに共感した瞬間だったよ」
オムダール氏はそう述べている。

「良いことと痛みが同居しているそれが、a-haなんだ。彼らが語ることのなかった、
 一つの歴史なんだ」
彼はそうも述べた。

Magasinetに、モートン・ハルケットはこう語った。
「複雑さや、プライドは表面上のことにすぎない。
 中身はたいしたことないんだよ。
 複雑な関係は危険なものではない。僕たちはただ、それに向き合って、それが何で
 出来ているのか見つけ出すんだ。
 僕は、他人の常識に動じない考えを持ってるんだ。
 他人がどれだけおかしいと言ったところで、僕らの周りにある創造する力はとておエキサイティングなものだからね」

「僕には物事を推し進める力ある。表現したい目的があったんだ。何かの後追いではなくね。すぐに何かをめざし始めたんだ」

精神的な限界がきていた。それはとてもエキサイティングで、その状態は20年たった今もなお、続いている。

「a-haのキャリア1年目から彼らの周りを支配していたファンのヒステリーは、
落ち着かせるのがかなり大変なものだった。」
著者はそう語る。

ついに、モートンはプレッシャーで病気になってしまった。
彼は突然、家族の夕食の食卓の傍で眠り、また、気落ちした反応など、複数の兆候が見られた。

「人はね、自分と向き合うべきなんだ。心と体は一つで、一緒にダメになってしまうもので、(当時)僕にはそれを止めることは出来なかったんだ。
僕は、その状態から抜け出すことができた。
このことがあってから、僕は今までとは違った価値観で、体のことを考えることにしたんだ。」
モートンは、Magasinetにそう語った。

彼は昔も今も、このa-haの境界線のない冒険談を話すときはいつも、無駄話をしてしまう。

「最初から、いつかは自分が誇れるようになるって、少しは解ってたんだ。
 同じように、ポールとマグスに逢ったときから………、いや、彼らがプレイをしてるのを見た瞬間から、わかってたんだよ。ポールとマグスも、それを示したんだ。彼らも、(僕が感じたことと)同じことをわかっていたんだ」

それは、今は違う。彼ら3人は、『Lifelines』の創作にあたって、一度も同じ部屋にいることはなかった。
モートンのマネージャで、a-haの再結成の中心人物だったスヴェッレ・フラトビー氏は本の中で「a-haはバーチャルバンドだ」と言っている。
バンドにアイディアはあるが、メンバーの誰一人として、それを完遂できる時間はないと。
彼は又、a-haが今後、彼らにとての最高のアルバムを作ることはないだろう、残念だとも話している。

モートン・ハルケットは、そのことについては、全く同意していない。
「多分、今までで一番すごいことが、そのうちa-haに起きると思う」

著者のオムダール氏も、a-haはまだ続いていくと思っている。
「解散するタイミングというのは、バンド自身が、かつての自分のパロディに成り下がるかどうかという時だ。
彼らはまだ、その域に達していないし、それくらいになるまで続けてほしい。」

「a-haはポール、マグネ、モートンそれぞれとも、ソロアーティストとしての彼らとも違う、他の生き物だ。」
彼はそう主張する。

復活は、かなり重たい議論………、特に収入の分配についての議論が行われた結果だった。

モートン・ハルケットは又、それに加えて、彼のコンプレックスについて400ページにわたる本の中で表明している。

ノルウェー最大のポップアイコンえある彼は、ずっと自分がどう見られているか、少し不満に思っていた。
同時に彼は30年間、セックスシンボルであり、そう扱われた事に対して、どのような「仕返し」をしていたかを語った。
「(自分がそう見られているように)僕はかわいい女の子を、物としてみてきたんだ。」

ハルケットは自身のソロ作品について、国際的なプロデューサーとどうやって仕事をしてきたかについては、少しぼかした。

ハルケットは彼のソロアーティストとしての可能性や商業的な仕掛けは、何もa-haに負けることはないと言う。
しかし、a-haは8枚目のアルバムにいたって、初めて「3人のやり方」を調整することになる。それはとても難しいことだった。

―君たち、a-haは相変わらず会話しないの?モートン。

「話すよ。だけど言葉がうまく形にならないことはよくあるよね。
 僕らは言葉だけで通じ合ってるわけじゃないんだ。
 今日(こんにち)のノルウェー人の中でも、僕らa-haの3人は、きちんと伝え合っている方だよ。」

モートン・ハルケットはMagasinetにそう伝えた。

【翻訳挑戦】a-ha の知られざる歴史

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